2016年4月7日木曜日

Oxford Nanoporeシーケンサーの性能が大きく進歩!

  Oxford Nanopore Technologies Ltd. (Oxford Nanopore) は、USBメモリー程度の大きさのポータブル・ナノポアシーケンサーであるMinION以外に、大規模配列決定を可能にするPromethIONの出荷の発表などで、大きな注目を浴びている。Oxford NanoporeのCTOであるClive Brown氏は、Google Hangoutを利用してOxford Nanoporeのシーケンサーに関する新しい進歩について公表した。今回のGOクラブでは、Google Hangoutを介して公表された情報Omics! Omics!のブログ記事をもとに、Oxford Nanoporeシーケンサーの性能向上の概要をまとめる。


新しいナノポア用タンパク質CsgGの採用

  Oxford Nanoporeはナノポアシーケシングに用いているタンパク質の種類をこれまで公表していなかった。今年2月にIllumina, Inc, (Illumina)が、「Oxford Nanoporeのナノポアシーケンサーは、IlluminaにライセンスされているWashington大学の特許(USP8,673,550とUSP9,170,230)で権利化されているMspAタンパク質を使用しているので、Oxford NanoporeはIlluminaの権利を侵害している」と発表した。この発表の約1か月後の今年3月8日に、Oxford NanoporeのCTOであるClive Brown氏は、Google Hangoutを利用して「Oxford Nanoporeが、新しいナノポア用タンパク質CsgGを採用する」と発表した。Oxford Nanoporeがこれまで提供してきたMinIONシステムで利用していたナノポア用タンパク質の種類は明確ではないが、タンパク質CsgGの採用により、Illuminaの権利侵害の問題は解決されることとなった。このような権利侵害争いの中で、Google Hangoutのウェブビデオのタイトルが "No thanks, I've already got one"となっており、意味深な表現になっている。
 Oxford Nanoporeが採用したCsgGタンパク質は、大腸菌(Escherichia coli)のタンパク質分泌システムのコンポーネントであり、CsgGタンパク質が9個会合することにより中央に「ポア」が形成される。本来はこの「ポア」をペプチドが通過するが、Oxford Nanoporeは700種類以上の変異CsgGタンパク質を創製して試験を積み重ねることにより、変異CsgGタンパク質の「ポア」に1本鎖DNAを通過させて、DNA通過時の電流変化を検出してDNA塩基配列の高精度決定を実現した。

CsgGポアのシーケンサーはリード精度が大きく向上

  Oxford Nanoporeは、これまではR7シリーズのポアを利用していると開示していたが、今回発表された新しいナノポアにはR9という名称が与えられた。R9の"R"は、poResのRから由来しており、ポア(Pore)のバージョンを表している。
 R7のポアのリード速度は約70塩基/秒であった。また、R7のポアを利用した場合のリード精度は、一方向だけのシーケンシングを行う1Dリードでは約70%で、両方向のシーケンシングを行う2Dリードでは約85%であった。新しいR9.2のポアを使った場合、まずリード速度を250塩基/秒と速くすることが可能となった。この大きな速度でもリード精度は向上し、1Dリードで約77%、2Dリードで約90%となった。ここで利用したベースコール法(塩基同定法)はHMM (Hidden Markov Model)法であるが、R9のポアでは、新しいベースコール法として、LSTN-RNN(Neural Network Base Calling)を利用した方法が開発された。この方法を用いることにより、現時点でも、1Dリードで約85%、2Dリードで約95%と、リード精度が大幅に向上した。今後リード精度を99%に高めることを目指すという発表もなされた。

CsgGポアのシーケンサーの性能と出荷スケジュール

  MinIONシステムの塩基配列決定量は、現行の配列決定速度(20~100塩基/秒)の場合、1~4 Gbである。R9.2のポアを利用したMinION MkIシステムでは、DNAをナノポアに送り出す役目を果たすモーター・タンパク質として新しいDNAポリメラーゼを採用することにより、塩基配列決定速度を250~280塩基/秒に高めることができた。この速度向上により1回の塩基配列決定量は約10 Gbとなる。さらに、塩基配列決定速度を500塩基/秒に高める技術開発を進めており、この開発が成功すれば1回の塩基配列決定量は約20 Gbとなる。また、MinIONシステムのナノポア数が約6倍となるMkIIシステムでは、塩基配列決定速度が500塩基/秒のときには、1回の塩基配列決定量は約120 Gbとなる。
 新しいナノポア用タンパク質CsgGの採用以外のトピックスとしては、MuAトランスポゾンを利用した新しいライブラリー調製法(1D MuA Library Prep)が発表された。わずか2つのチューブとピペットマンを利用するだけで、10分で1Dリード用ライブラリーを調製できる。なお、この新調製法では2Dリード用のライブラリーを作製できない。従来のライゲーション法を用いると、1Dリードと2Dリードのライブラリーを調製できる。
 Oxford Nanoporeは、今回他社との共同開発プログラムを発表し、上述の塩基配列決定ソフトウェアやシーケンシング用キットをDeveloper's Licenseのもと提供する活動を始めることを発表した。このプログラムはOxford Nanoporeのナノポアシーケンサーを広めるきっかけになると思う。

MinIONの上位機種である“PromethION”の出荷

  Oxford Nanoporeは、MinIONの上位機種である“PromethION”を2014年9月25日に発表したが、今まで1台も出荷されていなかった。今回の発表では、今年3月にR9.2のポアを利用したPromethIONシステムを初出荷することを発表した。現在のPromethIONシステムの生産台数は1か月あたり4~6台で、今年の終わりには1か月あたり10台になるという。
 PromethIONの性能については、1台で独立した48個のフローセルを扱え、1個のフローセルあたり3000個のチャンネル(合計144,00個のチャンネル)が利用できる。塩基配列決定速度が280塩基/秒の場合、48時間で1個のフローセルあたりで145.1 Gbの出力となり、48個のセルを利用すると、約7 Tbの出力である。塩基配列決定速度が500塩基/秒になると、48個のセルで12.4 Tb/2日の出力が得られることになる。この性能を分析すると、PromethIONの出力はIlluminaのHiSeqX Ten(HiSeqXの10台セット)に相当するもので脅威的な性能といえよう。

Oxford Nanoporeシーケンサーの位置づけと今後

  前回のGOクラブで、「サンプル調製からシーケンシングまでを自動的に実施できるポータブル小型次世代シーケンサー」が次世代シーケンサーの目標として残された課題であることを言及した。今回の発表では、サンプルの自動調製機である“Voltrax”に関する情報はなかったが、このVoltraxが実用的なものになれば、この課題も解決することになる。今回発表されたリード精度は95%であり、Pacific Biosciencesのシーケンサーを大きく上回るものとなり、Pacific Biosciencesは劣勢に立たされたともいえる。また、リード精度が99%になれば、Illuminaシーケンサーにも対抗できる可能性も出てきた。また、CsgGタンパク質は、タンパク質やペプチドを通すポアであるので、Oxoford Nanoporeが言及しているように、将来的にはタンパク質の分析も可能になるかもしれない。以上、今回の発表を吟味すると、Oxford Nanoporeシーケンサーはかなり現実的な優れたデバイスになったと感じた。