2014年11月11日火曜日

メタゲノム・ビジネス(3):uBiomeが推進する市民科学

 GOクラブでは、「メタゲノム・ビジネス」の特集シリーズとして、9月9日号、10月9日号と2回話題を提供してきた。今回のGOクラブでは、多数登場したマイクロバイオームベンチャーの中でも、異色の活動を行っているuBiome, Inc. (uBiome) の取り組みを紹介する。


設立の経緯

 uBiomeは、The University of California, San Francisco (UCSF)  のQB3インキュベーターでZachary ApteとJessica Richmanが推進していたマイクロバイオーム・プロジェクトが、クラウド・ファンディングの資金を得てベンチャーとして独立することにより設立された。創業者として、Zachary ApteとJessica Richman以外に、UCSFとUC Berkeryでマイクロバイオーム研究を行っていたWill Ludingtonも参画している。
 QB3インキュベーターは、California Institute for Quantitative Biosciencesの略称であり、UC Berkeley、UCSF、UC Santa Cruzのサンフランシスコ近郊に所在する3大学で共同で運営する、「異分野型生物学をベースとして事業家を目指すインキュベーション施設」である。
 uBiomeは、クラウドファンディングにより集めた資金約35万ドルを元手に、1000人以上のマイクロバイオーム解析を行うことにより、ビジネスを離陸させた。

uBiomeの事業内容

 uBiomeは、個人の体に棲む細菌群のゲノム配列を次世代シーケンサーを用いて決定した後、その配列情報と体質・健康状態を連関付けることにより、個人にヘルスケア情報を提供するという「DTC (Direct-to-Consumer) 型サービス」を行っている。腸(便)からのサンプルを標準としているが、口腔、鼻、耳、そして性器からのサンプルの分析も受け付けている。サンプル1つの解析料金は89ドルで、腸以外にもう一か所のサンプルを解析すると159ドルとなる。5つの臓器すべてからのサンプルを分析した場合には、399ドルとなる。10個以上まとめて注文するとさらに割引がきく。
 uBiomeの創業者らは、uBiomeはCitizen Science (市民科学)を推進することを表明している。Citizen Scienceとは、一般市民が参加する科学実験の推進形態である。マイクロバイオーム研究の場合には、一般市民から提供されるサンプルを解析し、さらに被検者から健康・疾病情報も併せて提供してもらうことにより、体内に棲む細菌叢と健康状態の関連を調べることを目指している。このuBiomeのCitizen Scienceに約35万ドルの資金が集まり、科学研究を推進できたことは、現時点でのCitizen Scienceとしては最も大きな成功例であるらしい。なお、個人を対象とするCitizen Scienceを推進するには、一般的にはInstitutional Review Board (IRB) の承認を得る必要があるが、uBiomeの場合、クランドファンディングという手法で集めた資金を用いてIRBの承認を得たことは、Citizen Scienceのビジネスでは初めてのケースかもしれない。

DTC genomicsビジネス-23andMeとの比較

  個人に棲む細菌叢の情報もまた個人情報には違いないうえに、個人の健康状態とも関連する情報である。したがって、インフォームド・コンセントも必要であるし、サンプルの取り扱いには匿名化も必要となる。ただし、家族・親類にも影響を与えるような一塩基多型(SNP)などの遺伝情報を解析する23andMeのようなサービスとは異なるので、個人の判断だけでサーピスを受けること、ならびに個人の意思で情報を公開することも許されるでろう。さらに、遺伝情報の場合、匿名化しても個人と紐付く可能性があるが、個人のマイクロバイオーム情報は、匿名化されれば原理的には個人と紐付けることは不可能であろう。したがって、Citizen Scienceとして推進するには、障壁が少ないとも言える。

 23andMeが提供するSNP解析(遺伝学的検査)の場合、疾病との連関性については、「占い」とか「おみくじ」とも言われ、曖昧さが問題であった。一方で、マイクロバイオーム解析の場合には、科学的な観点からは、占い・おみくじという批判は出てこないであろう。ただし、現時点では、疾病の診断を行えるレベルではないし、またuBiomeも疾病の診断を行うものではないと表明している。ただし、病原菌のゲノム配列が出てきた場合には、疾病発症の原因となる遺伝子変異の発見(Incidental Findings)のように、感染症の罹患の可能性があるとして医療機関への受診を推奨する配慮は必要となろう。
 
 23andMeの場合には、生殖細胞系列に由来するSNP(一塩基多型)情報の解析を行うので、基本的には一度解析を頼んだら、再度解析する必要はない。一方、uBiomeのマイクロバイオームの場合には、健康状態により細菌群が異なるので、適宜解析する必要があることから、ビジネスとしては継続性があると思われる。

 以上、uBiomeの取り組みは、バイオベンチャーのビジネスモデルとして興味深い点が多々あるうえ、資金調達の方法も異色である。次回のGOクラブでは、uBiomeの資金調達とクラウドファンディングについて紹介する予定である。