2014年7月7日月曜日

Quasispeciesとは

  次世代シーケンサーの普及により、1細胞レベルのゲノム配列の相違が明らかにされるようになった。これに伴い、細胞やウイルスが増殖する際に変異が入ることにより、増殖した集団内でゲノム配列の多様性が生み出される現象が数多く確認できるようになった。この配列多様性を持つ"species"を"Quasispiecies"と呼ぶが、今回のGOクラブでは、Quasispeciesについて紹介する。


Quasispeciesとは

  Quasispeciesは、1977年にEigenとSchusterによって提唱された語であり、語源的には、「類似した(=Quasi)+種(=species)」を意味する。具体的には、たとえばエイズウイルスが増殖する過程で抗ウイルス剤に耐性を示す変異体が出現するように、変異が高率で入ることによりゲノム配列上にわずかな相違を持つ生物種の集団が生じるが、Quasispeciesはこの集団のことを指し示す。

 次世代シーケンサーが登場する前には、個々の細胞やウイルスのゲノム配列を、膨大な数だけ解読することは不可能であったので、Quasispeciesという概念があってもそれほど注目されなかった。また、生物の「種」の概念として、ゲノム情報は比較的安定であるという前提のもとで、1種類のゲノム配列を想定して生命科学が理解されていたことも、Quasispeciesが注目されてこなかった理由であろう。

Quasispeciesを生み出す突然変異

  Quasispeciesは、DNAポリメラーゼが100%忠実にゲノムDNAを複製することができず、一定の頻度で複製エラーが発生することで生み出される。

 Escherichia coli(大腸菌)の場合、各細胞分裂ごとの1塩基あたりの突然変異率は約10-9 と推定されている。大腸菌K-12株のゲノムサイズは約4.6百万塩基対であるので、各細胞が100回分裂する間には、平均1個の突然変異を持つことになる。その他の例としては、特定の塩基に変異を持つ大腸菌が野生型形質に復帰する突然変異率は、ラクトース資化能マイナス株(lac)がlacに戻る確率は2 x 10-7、ヒスチジン要求性株(his)がhisに戻る確率は4 x 10-8 であることが報告されている。

Quasispeciesが微生物研究に及ぼす影響

  微生物の研究を行う過程で、寒天プレート上に生えた微生物のコロニーを純粋に分離することがある。この作業は「単コロニー分離」と呼ばれ、純粋に1個の微生物細胞に由来するコロニーを単離するために行われる。たとえば、この作業により分離した大腸菌コロニーを液体培地に接種して定常期まで生育させると、1個の細胞はおよそ109個まで増え、上述の突然変異率を当てはめれば、結果としておおむね各細胞1個ずつ変異を持つことになる。したがって、大腸菌株を純粋分離したとしても、均一な集団ではなくQuasispeciesということになる。運悪く初期に致命的な変異が入れば、元の株と性質が異なり、研究に影響を与えかねないことになる。

 微生物を使った物質生産の研究の場合、取得された高生産菌株の単コロニー分離を行った後に、各コロニーごとの生産性試験を行うことがある。このとき、生産性が大きく異なる菌株が得られることもある。これは上述の突然変異の惹起によるものであろう。

 微生物を使った物質生産を行う場合、大型発酵タンクを用いたスケールアップ試験がうまく行かないことをたびたび経験する。これには様々な原因が考えられるが、Quasispecies現象も一因と考えられる。すなわち、均一と思われた生産菌の集団は、実は多様性を持つ細胞の集まりであるので、菌をシードした後に培養を進めると、特定の形質を持つ菌だけが選択される可能性がある。これは「ダーウインの進化論」と同じ現象である。このような理由から、Quasispecies理論は「ダーウインの進化論」とも重なり合うとも言われる。

Quasispeciesが微生物の分類に及ぼす影響

  微生物の分類は、形態や形質に基づいて行われてきたが、細菌の分類では、ある特定の形質がないだけで別の種になったり、病原性があるだけでも別の種にもなる。また、最近ではリボソームRNA遺伝子の配列などのDNA配列を分類に用いることも多くなってきた。いずれの方法でも、微生物は代表的な種が存在し、かつそのゲノム情報が安定であることを想定して分類がなされてきた。しかしながら、上述のように、実際はQuasispecies現象が起きており、ゲノム配列には変異が入り、次々と多様性が生まれると考えられる。極端に言えば、地球上の微生物のゲノム配列は、個々に違うと考える方が実態に合っているだろう。

 どこまでゲノム配列が違えば、別の種になるのだろうか。ゲノム配列の相違は少ないが、特定の遺伝子に変異が入り、形質が異なれば、別の種になるのであろうか。このように考えると、種の境目はどこに置いてよいか明確でなくなってくる。将来的には、ゲノム配列に基づいて微生物の分類を行うようになると予想するが、どのような基準で分類したらよいのか、今後は活発な議論・検討がなされるであろう。

Quasispeciesの拡張概念:Core GenomeとPan Genome

  常に変異が惹起されることから、微生物の分類が困難になってきていることを述べたが、遺伝子レベルでの多様性も考慮して「種」を捉えようとする概念も誕生している。具体的には、ある微生物集団で共通に存在する遺伝子を“Core Genome”と呼び、その集団に出現するすべての遺伝子を“Pan Genome”と呼んで、「微生物の種」を捉えるという考え方である。

  以上、今回のGOクラブでは、次世代シーケンサーの誕生と普及により、主に微生物分野において、Quasispecies現象が確認され、生物の種の定義や生命観にも影響を及ぼしつつあることを紹介した。今後は、このQuasispecies現象が医療に及ぼす影響についても紹介する予定である。