2012年10月12日金曜日

新しいナノポアシーケンシング技術“Nano-SBS”発表される

 今年2月に、Oxford Nanopore Technologiesが、プロテイン・ナノポアシーケンサーの発売をアナウンスしたときに、世界中に衝撃が走った。今度は、魅力ある有望な新しいナノポアシーケンシング技術(Nano-SBS)が発表された。また、Genia Technologies, Inc. (Genia)は「Nano-SBSを利用した新型ナノポアシーケンサーの開発を推進する」ことを10月3日に発表した。このNano-SBS技術とGeniaのCMOSシーケンサー技術との融合は、シーケンサー市場の地図を大きく変える可能性を秘めている。今回GOクラブでは、このNano-SBS技術とGeniaの新しいナノポアシーケンサーの開発戦略について紹介する。


Nano SBSの概要

Nano- SBS(Nanopore-based Sequencing By Synthesis)は、Columbia大学のJu教授らのチームが、NIST(National Institute of Standards and Technology)のKasianowicz博士のチームと共同で開発した新しいナノポアシーケンシング技術であり、Scientific Reports誌(9月21日号)に論文が発表された。

 Nano- SBSは、1本鎖DNAを鋳型とするDNA合成反応に伴ってタグ付き分子が遊離され、そのタグ付き分子がプロテイン・ナノポアを通過するときに、イオン電流変化を検出することにより塩基を読み取る技術である。その塩基配列の解読原理を右図を参照しながら説明する。なお、論文では、シーケンシングの原理が証明されているだけで、実際に塩基配列が解読できたことは実証されていない。

(1) シーケンシングに用いるプロテイン・ナノポアは脂質2重膜に埋め込まれている。DNAポリメラーゼがナノポアの入り口をふさぐようにナノポアに共有結合している。

(2) 1本鎖DNAの鋳型とプライマーを加え、さらに4種類のタグ付きヌクレオチドを加える。タグ付きヌクレオチドとしては、Coumarin、Polyethyleneglycol(PEG)、4個のリン酸および塩基(A、C、G、T)が結合した修飾ヌクレオチド(Coumarin-PEGn-リン酸-dNTP)を用いている。なお、PEG中のglycolユニットの個数(n)は、塩基A、C、G、Tに対してそれぞれ36個、24個、20個、16個となっている。

(3) DNAポリメラーゼがヌクレオチドを取り込みながらDNA合成を行う際に、タグ付きヌクレオチドのリン酸エステル結合の水解に伴って、タグ付きポリリン酸分子(「タグ分子」と略す)が遊離する。

(4) 「タグ分子」は、塩基の種類ごとに分子量が大きく異なっているので、ナノポアを通る時に、(塩基ごとに)異なるイオン電流を与える。DNA合成に伴って遊離する「タグ分子」は、間隔を置いてナノポアを通るので、1塩基ごとの配列解読が可能となる。

Nano-SBSの利点と解決課題に関する考察

 Nano-SBSは、以下のような利点が期待される。

(利点1) 「タグ分子」がナノポアを通過する際に、4種類の塩基ごとに異なるイオン電流値が得られることが確認されている。このイオン電流値は、未反応のタグ付きヌクレオチドがナノポアを通過する際に生じる電流値とは明確に異なる。したがって、塩基配列の決定精度が高いことが期待される。

(利点2) 遊離される「タグ分子」は、十分に間隔を置いてナノポアを通るので、1塩基ごとに配列を読み取れる。一方、Oxford Nanoporeシーケンサーの場合には、3塩基ごとに読み取り、データを分析することにより、1塩基レベルの塩基配列に戻すという方法を用いている。

(利点3) 修飾ヌクレオチドは、DNA合成の際に100%の効率でDNAに取り込まれる。また、合成されるDNAは天然型と同一の構造を有する。したがって、1リードで非常に長いDNA配列が得られることが期待される。

(利点4) 他のナノポアシーケンシング法やPyrosequencing法などで指摘されているホモポリマー部分の配列決定精度の問題が解決される。

  Nano-SBSにおいて解決すべき大きな課題として、以下の2つが挙げられる。

(課題1) 論文では、「タグ分子」の構造の問題を論じている。DNA合成により遊離する「タグ分子」は3つのリン酸基を有しており、プロテイン・ナノポアを通る際に複雑なイオン電流の変化を与えるという問題がある。したがって、アルカリホスファターゼで「タグ分子」からリン酸を除去した後、「タグ分子」をプロテイン・ナノポアを通してイオン電流の変化を観察している。この問題の解決法としては、アルカリホスファターゼをナノポア近傍に配置させる案が考えられている。また、ポリリン酸の陰電荷を打ち消す正電荷(たとえばリジンやアルギニンなど)を「タグ分子」中に組み入れることにより問題を解決できる可能性がある。また、ナノポアやデバイス側の工夫により、ポリリン酸が付加した「タグ分子」を精度よく同定できるようになるかもしれない。

(課題2) DNAポリメラーゼは共有結合によりプロテイン・ナノポアに結合させているが、方法については開示されていない。遊離する「タグ分子」が効率よくナノポアを通るように、DNAポリメラーゼとプロテイン・ナノポアの種類・分子デザイン・結合位置などで解決すべき課題は多いだろう。

GeniaがNano SBSを用いた新シーケンサーの開発を推進

 Geniaは、「Nano-SBS技術の独占的利用権を得て、Columbia大学のJu教授らのチームとHarvard大学のChurch教授のチームの3者の共同により、Nano-SBSを利用したナノポアシーケンサーの開発を目指す」ことを10月3日に発表した。2014年の新シーケンサー上市を目標としている。

 それぞれのチームの役割であるが、Ju教授らのチームは「タグ分子」の改良研究(課題1の解決)を行う。また、Church教授らのチームはDNAポリメラーゼとプロテイン・ナノポアの研究(課題2の解決)に携わり、Geniaがこれらの成果を取り入れて、CMOS型ナノポアシーケンシング・デバイスの開発を進めるようである。このNano-SBS技術とGeniaのCMOS技術との融合、そして次世代シーケンサーとゲノム科学研究の第一人者であるChurch博士の参画は、シーケンサー市場の地図を大きく変えると予想する。